紅茶に添える蜂蜜の話



「どうかな、新しい茶葉は」

 彼は新しいものが好きだ。好きなのかは断定出来てはいない。ただ毎日のように彼と紅茶を飲んで過ごすのが習慣となりつつあるので、毎日同じものでは困るだろうという彼なりの配慮である、と私は勝手に考えている。
 ミルク、レモンにストレート。紅茶と言ってもそれなりの種類と楽しみ方はあるのを私は彼とお茶をすることで知った。それまではあまり興味の無かった分野だったのだが、足を踏み入れてしまえばそれはとても面白いものだと知ってしまった。知ってしまうと欲が出てきて彼にお願いをする。「私、もっと紅茶が知りたいわ」
 そのとき彼がどのような反応をしたのか。彼は少しの沈黙の後に微笑んだ。そして「そうか。君が望むならいくらでもそのカップに注いであげよう」とお代わりをくれたのだった。彼のあまり動かない眉がぴくりと動いたのが印象的だった。彼は同じように言葉を述べる。勿論、ただ色の無い言葉を吐くのではなく深みのある色彩を持ち合わせた言葉を彼は囁き、奏でている。私はそんな彼の言葉が好きだ。

「……とっても美味しい」
「そうか。それは良かった。良かったよ。君が喜んでくれないのなら、僕は沈んでしまうから」

 ほっこり。そんな効果音が似合う彼の微笑みを見て、どこか安心できない自分が居る。
 怖いのだ。ここで目を覚ました時から、どうしようもない不安に襲われている。気分を紛らわせようと紅茶を飲み、話し、彼はそんな人ではないと自分に言い聞かせ、また紅茶を一口飲む。その繰り返しを何度も、何度も私は彼とお茶をする度するようにしている。わかっている。彼はそんなに怖い人ではない。わかっているのにこれは、本能だろうか。
 私が肩をびくつかせていると、ラロは震える肩に触れた。

「どうしたんだい。冷たかった?」
「ううん。冷たくない。冷たくない……けれど」
「けれど?」
「この屋敷は、どこか、冷たいわ」

 私の言葉にラロが反応した。目を見開いて私を、私を見ている。その瞳は確実に私の瞳ではなく心臓を狙っていた。視線がナイフのように刺さる。彼の手が近くにあったバターナイフを探しているのに私は気づいて、咄嗟に言葉を探す。
 すっ、と喉に酸素が取り込まれた。

「ほら、貴方言っていたでしょう? お金の話よ」
「お金……かい?」
「お金で君の心が買えたらいいのに……貴方の台詞じゃない」
「……ああ。そうだったね」

 ラロが息を吐く。その動作を私は見守っていた。バターナイフにかかっていた手は、彼のティーカップへと吸い寄せられていく。
 私は彼に悟られませんように、と願いながら話を続けた。

「お金で買えるものは多いけれど、心は無理よ。そう考えていたら……温もりも買えないことに気付いて」
「そうだね。君も、君の温もりも買えないのは、残念だ」
「でも仮初め――言い方は失礼だけれど、それなら幾分か似たようなものはあげられるわ」
「へぇ。それは初耳だ。君は、お金で僕にどんなものをくれるのかな」
「それは――」
「でも、やっぱり駄目だよ」
 
 ラロが制止させる。私は息を呑んだ。彼の次の言葉が気になって、私は彼の瞳に吸い寄せられていく。今の私はミツバチだ。彼という花に蜜を求めて吸い寄せられてしまっている蜜蜂だ。
 そして、彼に近づいて私は、

「君は何もしなくても、僕の傍に居てくれないと」

 微笑む彼を疑い彼に甘やかされて忘れてしまうのだ。
 いつの間にか彼が握っている正真正銘の毒のことを。